あの時愛は終わりを告げたのか

 
 
 

6年経った今もこんなふうに書いてしまうということは、きっとそういうことだ。

 
 
 
 
 
当時の私は、どちらかと言うとHey! Say! JUMPではなく山田涼介が好きだという自認が強かった。良くも悪くも他のメンバーの言動や行動にはあまり興味がなかったし、だからこそ山田くんのいるHey!Say!JUMPを応援するのは楽しかった。とてもフラットな気持ちで向き合えていたから。
 
 
 
2011年は山田くんを好きになって5年ほど経っていたと思う。
高校生になった私は友人と遊んだり恋をしたりとジャニーズ以外の世界に心を奪われて、山田くんに対しても以前ほどの熱量はなかった。それでも相変わらずコンサートには足を運んでいたし、私なりに楽しんでいたつもりだ。
10人全員で初のレギュラー番組も決まり、彼らにとっても格別悪い年だという印象はなかった。
 
 
 
 
 
 
 
正直、その時の記憶はほとんどない。
 
 
記事だけが出て、当たり前のように10人で写るジャケットのシングルが発売されるのにそのプロモーション活動に彼の姿はない。TVではわざとらしく編集がかかり、心配というより怒りが頭を支配していた気がする。何も知らせてくれない事務所、他のメンバーに迷惑をかけた彼、大切なメンバーに大変なことが起きているのに沈黙を続ける彼ら、誰に対してだったかはわからない。
 
 
SUMMARY2011のゲネプロで、9人が頭を下げた。
もしかしたら嘘かもしれない、幕が上がれば10人でステージに立ってるかもしれない、それまでのふわふわした気持ちが一気に自分の一番深いところに落ちてきた。
 
 
 
 
 
初めて、悲しいと思った。
 
Hey!Say!JUMPが好きだったんだと自覚した。
 
 
 
 
私にとって日曜のお昼と言えば平成ファミリーズだし、好きな同期コンビは森山だし、誰世代と聞かれれば森本世代だと答えるのだ、今も変わらず。
 
9人になったHey!Say!JUMPを、Hey!Say!JUMPとして受け入れることは、もしかしたらまだ出来ていないのかもしれない。
 
3人ずつに分かれると綺麗に見えるのが、今も少しだけ悔しいから。
 
 
9という数字はやっぱりしっくりこない。突然召集がかかって、「今日からYOUたちHey!Say!JUMPだよ」と社長に告げられた日、そこにはたしかに10人いたはずなのだ。
 
事務所もグループも本人も、メディアも、Hey!Say!JUMPに彼がいた事実をなかったことにしないでほしいのだ。
 
 
 
 
 
そんな消化しきれない気持ちを抱えたまま、彼が表舞台に帰ってくるという知らせを受けた。
 
 

 

 

 

 

Twitterで騒がれた時も、今だって、彼が満たしたい承認欲求が他のどこでもない、芸能界にあることが嬉しかった。

 

 

 

それなのに、「元Hey!Say!JUMP」の肩書きにがっかりさせられた。

 

これから先もその肩書きを背負ってほしいと思っていたし、ファンのエゴだろうが何だろうが、それが彼の取るべき責任だと思っていた。

けれど、今は違う名前があるのに過去の名前ばかり取り上げられている現実が想像よりはるかにダサかった。

 

今もHey!Say!JUMPとして活動する9人はまだしばらく、もしくはもうずっと、彼について語ることができないかもしれないから、良いタイミングではあったと思う。しかも自分の姿で、言葉で語ろうとしてくれたことはとても嬉しい。

しかしこれではまだ新しい彼だけでは勝負できないのだとはっきりとわかってしまう。Hey!Say!JUMPの容れ物を借りて表に出てくるなんて、ダサい、ダサすぎる。

 

 

私はその時、彼の取る責任が「過去を背負う」ことではなく、彼の意思関係なく過去にとらわれることだと気づいた。そのダサさを「背負う」のだ。
 
 
 
 
 
 
 
まんまるの目とかわいらしい顔つきはあの頃と何も変わっていないのに、やっぱり昔のそれではなくなっている。懐かしさと少しの寂しさを感じながら、雑誌を閉じた。
 
月日って残酷だね。あんなに10人じゃなきゃ意味がないと思っていたのに、綺麗な9になった彼らに対する違和感が日に日に薄れていく。
 
 
 
本当に、お別れなんだね。
 
またいつか、9と1が同じ画面で見られますように。